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私が高校生の頃はソプラノの伊藤京子さんが一番有名でした。忘れていた記憶がよみがえってきました。 年代的には1960年代(1950年代と1970年代も少し含む)、伊藤京子さんが日本歌曲を歌われるのをテレビで見ていたように記憶しています。バリトンの立川澄人さんもよく出ておられたように思います。どういう番組か忘れていますが、ビートルズもフォークもグループサウンズもなかった時代、いわゆる自作自演じゃなかった時代は、歌謡曲、アメリカのヒット曲と並んで日本歌曲も放送されていたように思います。(ビートルズの歌が日本に初めて紹介されたのが1963年。音楽の流れを変えてしまったサウンドに驚きました。そして初の生宇宙中継テレビで知ったケネディ暗殺も1963年。翌年1964年は東京オリンピックでした。私は“東洋の魔女”には程遠いですが、バレーボール部でした。) その後クラシックギターを始めた頃、世の中はフォーク世代になっていきました。歌うのもギターの弾き語りのできる歌になっていました。(そういうことをしている時に「歌よりギターの方がうまいね。」などと言われたのでした。 参考:発声もろもろ(声楽38)) 先日、日本歌曲のレッスンの方がいいかなあという先生との話の中で、急に高校生の頃のことを思い出したのです。今もお元気だそうで、日本歌曲の大家となっておられるとのこと。なんか、「あー、やっぱり!」って言ってしまいました。 やっぱり、日本歌曲のレッスンが私には向いているなと思いました。「この道」「からたちの花」ほかあまり覚えてませんが、中田直喜さんの歌はいいですね。 |
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いつも、楽しみに拝見させていただいております。 |
Hime 2006/10/19 13:23 |
いつもありがとうございます! |
tico 2006/10/19 17:12 |
(つづく)相性もありますが、生徒側の習い方一つでうまくいくこともあります。次の先生にドイツ・リートを習えるかお尋ねした時に、「何の歌というより、どう歌うか(歌うことの表現法)ということの方が大事なのでね、その先生の得意分野を習われた方がいいと思います。」とおっしゃいました。確かによく意味がわかりました。音譜を追って声を出すだけが歌ではないので、歌で伝える方法を習っていく必要があるという意味ですね。その為に微々たる経験を積み重ねていくことで、『何か』がわかってくるはずです。 |
tico 2006/10/19 17:13 |
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