虹は雲のあとから見えてくる

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zoom RSS 今のは悪かったとわかる(声楽145)

<<   作成日時 : 2008/08/01 22:01   >>

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先週はお休みでした。今日は私が朝に愛宕千日詣から帰って来ことになるので本当は休もうと思っていました。どれだけ体力が残っているのか想像がつかなかったからです。ところが先生の都合でいつものレッスン時間より遅い時間に変更することになり、どれだけ歌えるかわからないけど、レッスンには顔を出そうと思って行きました。


山登りして頂上にある愛宕神社の境内で野宿、朝早くに下山ということをたくさんの人がされます。私も今回が初めてでしたが、シートを敷いてごろっと横になって休憩していました。少しはウトウトしたようですが、熟睡というほどは寝ていません。家に帰ってから2時間ほどお昼寝してからレッスンに向かいました。声は最近は日常的に気をつけているので、前のように元の木阿弥にまで落ちてしまうことはなくなり、レッスンはいつも通りできました。

コンコーネ40番。
なんとか音を覚えた程度で、あまりちゃんと歌になってはいませんが、先生のピアノに付いて歌いました。音よりも、今の私の課題はいつも同じポイントに当てるということなので、離れた音や付点音符などでポイントがずれない練習です。付点音符で上がっていく音形や、オクターブ降りる音形などでの注意がありました。もう一度口を開いたままのハミングで練習しておくように言われました。

「夏の思い出」
コンコーネの時に「な」で歌いましたが、「あ」のノドが開きすぎているので、それをいいポイントに当てる為の練習として「パ(pa)」で歌うことになりました。空気の勢いの関係か、「pa」の時はハミングと同じポイントに当たっています。「ti」も言われたのですが「い」のノドが開いているので、これは却下。どの発音も「pa」と同じポイントで言えるようにとのことでした。

あ、記事のタイトルですが、今の段階での成長は自分でだめだったノドの形がわかるようになってきたということです。「な」のノドが開きすぎている為いい声が出ないことや、発音によってノドの形が違っていて、整った発音にならないことなどがわかるようになっています。わかるということは、家での練習でもうまくいかない時に修正ができるということです。まあ、修正はそんなに簡単じゃないので、日を改めてってこともよくあります。「今日はダメな日なんだなあ」みたいに思って無理をしないようにしています。少しずつ定着してくれたらいいなと思ってがんばっています。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 すごいなあ、私もダメな時は、何となくダメだなあとは感じますが、どこがどう具体的に悪いのかが分からない事の方が多くて、先生に注意されて始めて「ああ、そうだったのか」と思ってます。

 私も、自分の悪いところが具体的に分かるようになりたいです。それがよく分からないので、自宅練習中に試行錯誤をくり返して、先生に「森に入って迷子になってる」と嘆かれるのですよ。ほんと、それじゃあダメじゃんってカンジです。

 そこから脱却するためにも、自分の事をよくよく観察しながら練習に励まないと…。ガンバガンバ。
http://stone.tea-nifty.com/blog/
すとん
2008/08/01 23:18
いつ頃、どういうレッスンでわかるようになったのか…ということが自分でははっきりわかりませんが、先生が私が理解できることを探して「こうしてください」と言ってくださいます。例えば「ろあろあ」、「口を開いたままのハミング」、今日の「pa」など。きっと、私が忘れているレッスンでなんかのきっかけをくださっていたかもしれません。それと同時に自分のノドの状態とかお腹の状態とかを観察していると、違いがわかるのかもしれません。かなり、意識的にやっているつもりですが、反対の言い方になって変なんですが、ある意味無意識かもしれないのです。意識を持って練習し続けているといつか自分に降ってくるモノがあるような気がします。その降ってくる時は無意識なんですねえ。人はそれを勘と呼ぶかもしれませんが、運かもしれないし、縁かもしれないです。
tico
2008/08/01 23:36
私が小学4年生〜6年生までお世話になった恩師(小学校の担任)と話すことが最近多いです。小学生というのはやっぱり子どもなんだなと思います。先生が(大人が)覚えているようには子どもは覚えてないのです。見ている部分が違うのでしょうね。先生は学級の生徒に工夫して勉強を教えたことをよく覚えておられますが、私は勉強を習ったというようなことは全然覚えてなくて、一緒に遊んでもらったことしか覚えてないのです。そう言うと先生は「小学生はそれでいいんや。勉強の基礎なんやから」習ったかどうか忘れていても結局中学、高校と進むうちにあまり困ってなければ小学生の勉強はできていたのでしょうから。
tico
2008/08/01 23:47
私の声楽でもブログにレッスン内容を書いてはいるものの、私がどうやって「お腹の支え」や「背中を使う」などを理解したのか、思い出せません。先生に導かれるままに進んできたらこうなった…という感じなのです。たぶん、問題点はいっぱい持っているのが生徒ですから、それを全部いっぺんに解決しようとしてもできないのです。私は解決する問題点を一つに絞って、他は捨てるという方法を取っています。一つ一つクリアにしていくのだけれども、一つが100%で他がゼロというわけではなく、一つの問題点を50%できたら、次の問題点の改善に向かう。つまり椅子の足を切るようなことです。あっちをちょっとこっちをちょっと手を加えて全体を整えていくような意味です。いっぺんに同じ高さに椅子の足を切るのは一人ではきっと無理でしょうからね。
tico
2008/08/01 23:50

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