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zoom RSS まだ歌おうと思ってる(声楽178)

<<   作成日時 : 2009/06/13 17:45   >>

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ノドを縦に開けるのは結局発表会で歌った「ふるさとの」の最初の「ふ」で思い出しました。やっぱりあの時は出来ていたんでしょうか。でも、今はまた別の課題に取り組んでいるような気もします。いわゆる「息を流す」ということ。


声楽の練習を言葉にする時、それを聞いても何をどうしたらいいのかわからないことが多いです。

もちろん「ノドを縦に開ける」もですが。

今日の話題は「息を流す」ということです。

前から言われていたかもしれませんが、私の記憶に残っているのは「かやの木山」の八分休符のところからです。この休符を利用して歌う前から息を流しておくと声が出やすいということでした。この課題は「お菓子と娘」も同じように八分休符があるので、まだまだ課題は続いています。

この「息を流す」という課題は音程が上がる時にも重要で、たった三度の音程でもちゃんと次の為に息を流しておかないとうまく声になりません。音程が離れていればなおさらです。

コンコーネ48番もこれが出来ないと声が詰まります。

最近ではゴリ押しでミやファも出るのですが、それでは汚い音なので、すーっと息が通っていく声でないといけません。それにノドもやられますし。

ここでも「息を流す」ということが重要です。
何度も何度も同じ注意を受けているうちに、30分のレッスンが終わる頃になると、ふと、以前「歌おうと思ってはいけない」と言われたことを思い出しました。発表会の歌の練習の時だったかなと思います。

今日は「お菓子と娘」の後半で、伴奏がガラッと変わるので歌ももっと勢いのある忙しい感じで、息を動かしてくださいと言われた時に、やっと今までよりすごく楽に声が出たのでした。先週は先生のお手本にあっと驚き、すごいなあ、あんな風にできたらなあと感動していたのですが、今日はちょっとそれらしく出来たみたいでした。音符は前半と同じ八分音符なんですが、その内に秘めるエネルギーが全く違うのです。テクニックとしては何をしたのか、自分ではわかりませんし、また、あれこれ考えないように言われたので、先生みたいになんかしなくちゃと思いながら歌いました。

その時でした。

頭で納得していたつもりのことが、知らない内に身体で感じてしまったのでした。結果はただ「楽に歌えた」という事実だけです。再現できるかどうかわかりませんが、この感覚を知ってしまった以上は、こっちへ行かなければなりません。

先生も何をどうしているということはわからないそうです。あまりにも自然に歌っておられるのでしょうね。

結局、歌うのではなくて、ただ息を流す、お腹から身体から勢いよく流し続ける、止めない、歌うところでなくても伴奏があればずっと流し続ける。(吐くという意味ではないです。)その息が自然に声帯を通って音になり、口やノドの形で発音になる。それに加えて感情、言葉の意味。

ギターの先生にも半年くらいは毎週毎週「まだ弾いてる!」と言われ続けました。ギターを弾くのに弾いてはいけない。歌を歌うのに歌ってはいけない。どこか通じていると思います。

ポイントに当てるのと同じくらい重要な課題ですね。

何にせよ、言葉を聞いただけではわからない世界です。

レッスンは
  コンコーネ48番
  「お菓子と娘」
まだまだ続きます。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 今回は禅問答のようなお話ですね。でも、ちょっとだけ分かるような気がしました。

 私は言うと、まだまだ歌ってますね。歌わずに歌うというところから、まだまだ遠いところにいるみたいです。いづれticoさんのおっしゃることが分かる地点に来れるのかな? とちょっとワクワクしながら、今日の記事は読みました。

 「息を流す」も分かるようで、どうだろ? でも、そんなにあせって分かろうとしても仕方がないので、今はとりあえず、傍観してます。大切な事は、知っている事ではなく、できること、身につけることだと思ってます。私は私なりのペースで焦らずに前進していきたいと思います。

 実は口を縦開きにすることに、全力を尽くしている段階なんです(笑)。
すとん
2009/06/13 22:02
ブログを書いている時は忘れていましたが、昨年の発表会(2回目の)のレッスンの時に、「歌ってはいけない」と言われたのを思い出しました。歌わずに語る。誰でも話す時に息のことを考えないでしょと。歌おうを思うからブレスが足りなくなるのですと。そういえばコンコーネで(42番くらいだったかな?)長く伸ばす音があったのですが、そこもただ息をしているだけというイメージで乗り越えました。

私もまだまだ縦に開くことが完全ではないので、ついついそればっかり考えて息のことまで頭が回らないのですが、もうそんなことをしていてレッスンが務まる状況ではなくなってきました。「息を流す」って説明できないです。私も何をやっているやら、さっぱり。でも時にはOKが出るんですよ。(^^ゞ

知っていることと身体で出来ることには時間差がありますね。出来ないと意味ないですが、知識として聞いていたことが身体でできた時の喜びは大きいですよ。改めて「あー!あれかぁー!」と思います。なんにしても時間がかかりますねえ。
tico
2009/06/13 22:57
音楽とは離れたところにいる私です。
でも「できないことできた!」「わからないことがわかった!」と言う瞬間は、階段を一段登った時の様にまるで視界が違うんですよねー。
登った後にじたばた悩んでいた自分を振り返ると「そりゃー確かにわからなかったわねえ」と納得してしまうのが不思議。
igusa
2009/06/15 23:41
同じことを言われ続けていますが、ギターの時のことから考えると、全く同じことを言われているのではないと思っています。いや、確かに「前も言ったように…」と前振りがつくことが最近多いので、同じことを言われているのかもしれませんが、微妙に私の感じ方と定着の仕方が変わってきているのだろうと思います。子供のしつけでも親は同じことを言ってるつもりで、「何度同じこと言わせるの!」と思ってるのですが、子供は言われてるとは思ってないのですから、先生と生徒の間にはその程度の落差はあると思っています。(笑)身につくのには時間がかかるので、今まだあがいている状態です。きっとこれが身に付いたらグレードが上がっているのだろうと期待しています。前進しなくちゃ。わかってしまえば、もう下へは下がらないはずなんですが、今は出来たり出来なかったりしています。
tico
2009/06/16 00:53

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